
なぜ私たちは、HSCという生まれ持った気質の概念を大事にするのか。
その理由を、はっきり言えばこうです。
本来の自分に戻りやすくするためです。
HSCという概念は、ラベルをつけるためのものでも、特別な人を作るためのものでもありません。
むしろ逆で、「本来の自分とは何か」を思い出すための入り口だと私は思っています。
社会は外向的な人を前提に作られている
今の社会は、とても外向的な価値観を前提に作られています。
たとえば精神医学の言葉にもそれが現れています。
「社会不安障害」「社会恐怖」
「社交不安障害」
名前だけを見ると、「社会」や「社交」が前提になっています。
つまり、
・人前で堂々と話す
・積極的に交流する
・外に向かって行動する
こうしたことが“標準”とされているわけです。
でも、生まれ持った気質が
・慎重である
・深く感じる
・静かな環境を好む
・刺激に敏感である
こういうものであったらどうでしょう。
当然、その社会のテンポや価値観と合わない場面が出てきます。
その結果として、
・不安が出る
・身体症状が出る
・疲れやすくなる
そういうことが起きても、まったく不思議ではありません。
むしろ、ある意味では自然なことです。
抑うつや不安感などの精神症状や行動面に変化が現れる「適応障害」も、気質と社会(現在身を置いている環境や関係)とのミスマッチで生じている病名だと考えます。

社会的性格ができていく
生まれ持ったHSCという気質自体は同じであっても、育った環境や人間関係などの後天的な要素によって、性格もその多くが変化していきます。
そのため社会の中で生きていくと、人はだんだんと
社会的な性格
あるいは
役割としての性格
のようなものを作っていきがちです。
社会の中で求められる振る舞いに合わせて、
・こう振る舞ったほうがいい
・こうしておかないと危ない
・こうしておけば受け入れられる
そうやって自分を調整していく。
すると、本来の自分とは少し違う「社会的性格」ができていきます。
それが長く続くと、それが自分だと思い込んでしまう。
でも、どこかで違和感が残る。
なぜなら、それは本来の自分ではないからです。

気質はコンパスになる
だからこそ、私は生まれ持った気質を大事にします。
HSCという概念を通して、
「これは自分なのかな?」
「これは違うのかな?」
そうやって見ていく。
つまり気質は、
本来の自分を見つけていくためのコンパス
のようなものだと思っています。
社会の中で作られた反応なのか。
それとも、生まれ持った自分の特性なのか。
それを少しずつ見極めていく。

すぐには受け入れられない
ただ、ここには一つ大きな問題があります。
私たちは長い間、社会性に支配された人生を生きてきています。
だから、本来の自分の感覚が見えてきても、すぐには受け入れられないこともあります。
「これが自分でいいのか?」
「こんな自分で大丈夫なのか?」
そういう葛藤が起きる。
でも時間が経つと、ある瞬間にふと気づくことがあります。
「あ、これ俺だな。」「あ、これ私だな。」
そういう感覚です。
頭で理解するというより、
身体が納得する感じに近いかもしれません。

HSCという概念が通過点になる
だから私は思っています。
HSCやHSPという概念は、それ自体がゴールではありません。
むしろ、本来の自分に戻るための通過点です。
生まれ持った気質を手がかりにしながら、
社会の中で作られてきた反応と、
本来の自分の感覚を見分けていく。
そうしていく中で、少しずつ
「本来の自分」に戻っていく
のだと思います。
だから私は、HSCという気質の概念を大事にしています。
それは、
本来の自分に戻りやすくするため
なのです。
『HSC子育てラボ』顧問/医師
妻との共著書に『ママ、怒らないで。』[新装改訂版](ディスカヴァ―・トゥエンティワン)、
『学校がつらいよ。無自覚な“学校信仰”がHSCの人生におよぼす影響』がある。
『HSC子育てラボ』代表/心理カウンセラー

