「HSC子育てラボ」を立ち上げてもうすぐ半年になります。
その間に、対談企画や勉強会、小冊子絵本の出版、読書会、夏休み企画など、いくつかの取り組みをしてきました。
それらはどれも、HSCの子どもさんの気質が肯定されることで、しっかりと自己価値が養われますように、自己肯定感が育まれますようにとの希望が込められています。
HSCは、豊かな個性や才能に溢れています。
先日HSCの息子と、HSCの魅力ってどんなところかな・・・と改めて話しをしました。
すると、たくさん出てきます。
・やさしい心の持ち主。
・人の気持ちを自分のことのように感じて心が動く。
・人の気持ちに寄り添ったり、その場の空気を読み取ったりするなど、共感力や直感力に優れている。
・思いやりがあり、細かい気配りができる。
・自分が交流を深めたい相手を選び、その相手と深くつながって共感し合うことを好む。特にお母さん大好き。
・正直で誠実で、心を粗末にしない。
・想像力や創造力に溢れ、それを表現する力を持っている。
・好き嫌いがはっきりしている。
・目の前の状況から素早くその意味を感じ取り、自分に必要(健全)なことと、そうでないことがわかる。
・感じる力(感受性)が強く、感性が鋭い。
・物事を深く考えたり、深く読み取ったりする。
・シュールな捉え方や言葉がおもしろい(ユーモアがある)
・面倒見がいい。
・差別が大嫌い=平等で人権が尊重される平和や調和を大切にする。
・調和が保たれるためのルールを大切にする。
みなさんはいかがですか?
子どもさんがHSCだからこその、かけがえのない魅力や個性は、たくさん見つかるのではないでしょうか。
ところが。家の外、慣れない場所や誰か、園や学校などでは、その子のかけがえのない魅力や個性がかき消されてしまう・・・
そう感じられてはいませんか?
かつてHSCだった方々が、HSC・HSP概念に出会って、「謎が解けた」「自分の感覚は間違ってなかったんだ」と口にされます。
そして長い間、否定され、克服を促され、心に傷を負ってきた歴史が、自己価値や自己肯定感を奪ってきたことに気づくのです。
HSCは、命の叫びを色濃く発する力を持つ気質の持ち主である。
私はそう捉えています。
その命の叫びは、家庭環境や社会が平等で安全・安心なものになる方向性を示しているとも感じています。
私たち大人がHSCの命の声に耳を傾け、相対し、その子たちの命がどのようにすれば生き生きと輝くのか考え工夫していくことが、やさしい世界をつくるのではないかと思うのです。
しかし、どうしてもわかってもらえない・・・。
HSCを広める活動をしていると、大きな壁を感じます。すると、
「わかってもらおうとするから苦しい。だったらそれよりも、当事者がこの気質をいかに受容し、自己肯定できる関係や環境を選んでいくかにシフトした方がいいのでは・・・」という考えに大きく傾きます。
確かに、当事者以外に理解や変化を求めるのはとても難しいです。
だけれど、きっとこの苦しみは、HSPの方がHSCの頃から何度となく感じてこられたそれと同じであり、あきらめざるを得ない無力感、孤独感、そして心の傷を抱えなければ生きられなかった…でも本当は「権利を奪還したい」という命の声のようなものを、私は自分に価値が失われたままの元HSCの方々から聴き取るのです。
だから、HSCのことをやっぱり広めたいのです。
学校や社会が変わるといいけれど、それには時間がかかる。きっと順番があるのではないかと思います。
できることからひとつひとつ、あきらめずに取り組んで行けば道はきっと開けると思う。
まずは、HSCにとっての安全・安心とは何か、
また反対にどんなことがHSCらしさを奪い、傷つけるのか…、
それをよく知ること。
そして、HSCが必要としている接し方、育ちがどういうものか、深く理解すること。
それらを伝えたり、発信したりすること。
環境が適さないようであれば、HSCに合った環境の選択をすること。
その選択肢が増えるよう、HSCにとっての安全・安心で、魅力や才能が発揮される居場所をつくること。
そうしてHSCの個性や魅力が最大限に輝くことが、学校や社会に変化をもたらすのではないか。
と考えています。