「話せない」のではなく、「選んでいる」。
この記事では、子どもが安心できる相手にだけ自然体になる、その理由を解説します。

HSCは「コミュニケーションの質」で安心する

HSCは「コミュニケーションの質」によって安心します。
外向性や社交性の“量”ではなく、相手と深いところで共感できるかどうか。
だからこそ、彼らが惹かれる大人には共通点があります。

・細やかな気配り
・鋭い察知力
・相手の感情を逃さない応答性
・安定した温かさ
・言葉の奥にある“本心”を感じ取る洞察力

外向性とは異なる「静かな才能」

これは外向性とはまったく別の力です。
「コミュニケーション能力=明るく社交的」という学校モデルとは別軸にある、
“コミュニケーションの質”という静かな才能 です。

“質の高い場所”を本能的に察知するHSC

心から行きたいと思える場所には、必ずその「質の高さ」があります。
丁寧な所作、仕事への真摯さ、人への誠実さ、人としての謙虚さ。
HSCはそれを瞬時に察知し、深い安心感を抱きます。

「ボクはコミュ障だよ」——息子が示していた本質

私の息子は8歳の頃「ボクはコミュ障だよ」と言いました。
youtubeを見ていて覚えたようです。
しかし調べてみると、“コミュ障”とは雑談が苦手というだけのネットスラング。
息子は自分の特性を肯定しながら、ただ「表面的な会話が苦手」と言っていただけでした。

本当に安心できる環境では能力が自然に発揮される

実際に、1対1だったり、たとえ複数人がいたとしても、配慮のある、心が許せるメンバーであれば、言葉も態度も思考力も創造力もなめらかで、自然で快活なコミュニケーション能力を発揮する

それが、対極に当たる環境では、いわゆる“コミュ障”が発動するというわけです。

HSCは「健全かどうか」を身体で感知する

鋭い感受性で見えないものまで感じ取るHSCは、相手との関わりが自分にとって健全かそうでないかを感知し、言葉にはできない分、身体が正直に反応し、口が固く閉じて開かなかったり、身体が固まったりするのです。

HSCが大切にしているのは“つながりの深さ”

多くのHSCは、友だちの“数”ではなく、
「選んだ相手と深くつながる」 ことを大切にします。
雑談よりも、本音で通じ合う会話に価値を感じます。

外向性モデルの社会で生まれる誤解

それなのに学校や社会では、「友だちをたくさんつくること」が模範的とされ、外向性を理想とする価値観が当然の基準になっている。

自分が選んだ相手でなく、学校や社会の中で引き合わされた相手に対して、多くのHSCは“人見知り”が起こりやすく、そうした姿が “引っ込み思案” と誤解され、本来の魅力が見えにくくなることがあります。

その子が花開くのは“フィットした環境”に出合ったとき

ですが私はこう思います。

HSCの人間関係の“質を求める力”は、その子の魅力そのものです。
その子の本質が花開くかどうかは、外部の評価や学校の基準ではなく、
「その子にフィットした環境があるかどうか」で決まります。

HSCは、自分に合った環境に入った瞬間、水を得た魚のように輝き始めます。

大人ができる最も大切なこと

だから大人ができる最も大切なことは、
その子の気質が息をしやすい環境を選び、用意すること
なのではないでしょうか。

執筆者
斎藤 裕
『HSC子育てラボ』顧問/医師
妻との共著書に『ママ、怒らないで。』[新装改訂版](ディスカヴァ―・トゥエンティワン)、
『学校がつらいよ。無自覚な“学校信仰”がHSCの人生におよぼす影響』がある。
編集者
斎藤 暁子
『HSC子育てラボ』代表/心理カウンセラー